研究理念
現代の社会を支える科学技術は、物質・材料の持つ様々な特性の上に成り立っています。材料以外の、例えばプロセスをいくら改善したとしても、使われている材料がそのままなら、技術革新には限界があります。イノベーションには新しい材料が必要なのです。新しい材料の開発は、社会の持続的な発展や様々な問題の解決に不可欠です。
しかし、何かを変革するようなインパクトのある新材料を生み出すことは、たやすいことではありません。例えばある温度以下で金属の電気抵抗が消失する超伝導を例にとってみてみましょう。現在最も高い超伝導転移温度は水銀Hgを含む銅Cuの酸化物で実現される135 K(-138 ℃)です。これが室温300 Kになれば革命が起きるともいわれていますが、135 Kの材料を「改良」することでそれを達成しようというのは無理があります。
世の中を変えるような新材料は、決して既存の材料の延長にはないのです。新たな開発原理、着想力が求められています。そこに機能材料を生み出すことを目指すこの研究室が、応用物理学分野に属することの意義があるのです。開発原理は物理学の基礎に求めるほかありません。
私たちは、強い電子間斥力相互作用(電子相関)を及ぼし合っているd電子の制御にその開発原理を求めます。マンガンMnや鉄Fe、銅Cuをはじめとする遷移金属のd電子は、強い電子相関と、例えば電子軌道の自由度や結晶格子、低次元性、スピン−軌道相互作用など他の自由度との絡み合いにより、多彩な秩序構造、「電子相」を形成します。先に述べた「超伝導」や、「強磁性」をはじめとする磁気秩序相は、電子相の典型例と言えるでしょう。この電子相の融解や変態を活用することで、これまでにない画期的な機能を引き出すことができます。この「電子相制御」の発想により、私たちの研究室では巨大な負熱膨張や著しく小さな抵抗温度係数といった新しい材料機能を開発してきました。新しい電子相の開拓と相形成の物理機構解明は、物理学における大きな課題であるとともに、機能材料を生み出す開発原理となり得るものです。
この研究室は、新しい機能材料を発信することを究極の目標としています。「絵に描いた餅」ではいけません。物理学の基礎を大切にしつつも、あくまで具体的な「もの」を提示することを目指します。特に磁性に関しては、RKKY相互作用やスピンゆらぎ理論に代表されるように、わが国には世界に誇るべき基礎学術の成果があります。これらの「知の蓄積」を新しい機能材用の開発へつなげてゆきます。新しい機能材料の開発に意欲的に挑戦する皆さんの参加を期待しています。また、新材料開発には、物理学だけでなく、化学や材料学など様々な学術を総動員する必要があります。この研究室は応用物理学分野にありますが、物理学に限らず、様々な学術分野出身の皆さんを歓迎します。皆さんそれぞれの得意なところを、思いっきり伸ばしてください。新材料開発に「こうしなくてはいけない」というものはなく、どうやるかは皆さん自身が決めてゆくものです。